まゆちゃんのお誕生日

まゆちゃんのお誕生日に、まゆちゃんのお家を訪ねた。

今年のまゆちゃんのお誕生日は、春を想わせるように暖かい日差しで、

2月なのに桜の花が咲いている木もあった。

でも風は何だかすごい勢いで、

車を降りると風にあおられる。

 

インターホンを鳴らす。

インターホン越しのお母さんの笑い声。

「ピカチュウ!」

 

私とスタッフは、ピカチュウの着ぐるみを着て訪問した。

「もちろんお母さんの分もありますよ。」

と、ピカチュウの着ぐるみを渡すと、

「わー!入るかな!」

と笑うお母さん。

大きなピカチュウ3人を見合せながら、

お父さんもお母さんもたくさん笑った。

にいに(まゆちゃんのお兄ちゃん)は、すっかり子どもの顔から大人の顔に。

もう14歳だもんね。

目線を合わすためにしゃがんでいたあの頃と違い、目線を上に上げて話さないといけなくなった。

 

まゆちゃんに誕生日プレゼントを渡す。

まゆちゃんの時だけが、ずっと止まっている。

 

みんなで色々なお話をした。

笑いながら、まゆちゃんのお誕生日ケーキに11本のろうそくを立てる。

そして、本人のいない部屋でろうそくに火を灯した。

 

「初めて実奈ちゃんに会ったのは、まゆが2年生の時でしたねぇ。

裸の付き合いもたくさんしてくれて、いっぱい遊んでくれて、まゆ楽しそうで。」

お母さんが懐かしそうに話す。

 

まゆちゃんのベッドに置いてある、まゆちゃんが着ていた洋服が目に留まった。

お母さんが、ジップロックに入ったその洋服を眺めながら、洗濯できないと話してくれたことを思い出す。

 

「もし自分だったら」を一瞬考えてしまいそうになり、すぐに打ち消した。

この作業を、何度も何度も繰り返してしまう。

どうしても、「もし自分だったら」と考えてしまう。

その哀しみはどれほど深い哀しみか。

 

自分だったらと考えてしまうと、深い深い哀しみの底を自分も体感してしまう。

体感し共感することが大切だとわかっていながら、

体感した一瞬、この仕事が二度と出来ないような気持ちになる。

だから、すぐに「もし自分だったら」と考えるのを止める。

 

「もうこの仕事はできない。」

まゆちゃんが天国に逝ったあの日、そう思った気持ちを思い出した。

 

燃え尽きたようになっていたあの時の私に、

ただ同じ時間を過ごすこと。

それしかできないし、それが大切なことだと、荒木先生が教えてくれた。

 

 

お母さんが最近の出来事をぽつりぽつり話し出した。

運転中に車から流れるニュースに釘づけになったのだと。

そのニュースには、まゆちゃんと深い関わりのある大阪市立総合医療センターの原純一先生が出演していて、

先生が、小児がんの治療に少しの光が見えたと言ったそうだ。

お母さんは涙が止まらなくなり、車を路肩に止め、ゆうま(にいに)君と泣いたと。

涙が溢れて止まらなかったと。

お母さんが続ける。

 

荒木先生が、家族が亡くなったときの気持ちについてお話してくれた。

哀しみを乗り越えたようにして日常を繰り返し過ごしていても、押し寄せる深い哀しみは、何年経っても時折りやってくる。

ただそれでも、お腹は空き、眠たくなる。日常を過ごす毎日がやってくる、と。

 

そのことを実際に体感しているんだ、お母さんは。

お母さんは、まゆちゃんを想い、同じ病気の子ども達や家族のことを想い、運転できなくなるほど涙が出ることもありながら、

にいにと一緒に泣くこともありながら、

時折押し寄せる深い哀しみに飲み込まれてしまうことなく

こうして日常を過ごしている。

 

少しだけ笑える日常、そしてまゆちゃんがここにいたこと、

それをお母さんと話しながら、私はこうやってただ一緒に過ごす。

それしかできないけど、今日お母さんがたくさん笑ってくれた。

それだけで私の哀しみが癒やされる。

私がお母さんを癒すどころか、私がお母さんに癒やされていた。

 

「実奈ちゃんはずっと元気にしてないと。」

と、お母さんが私のことを気遣ってくれる。

まゆちゃんが私を、「実奈ちゃん」と名前で呼んでいたので、お母さんもまゆちゃんと同じように私を呼ぶ。

 

「本当、その小さな体であんな大きくなったまゆを軽々と抱えてお風呂に入ったり。

その力はどこから来てるんだろうと思っていました。」

お母さんが笑う。

 

私はまゆちゃんを抱えていた記憶より、遊んでいた記憶が多く、

まゆちゃんが重かった記憶はない。

でもそう言われたら、

車から車椅子に移乗してお出かけしたり、駐車場から抱っこでアイスクリーム屋さんに行ったりってよくしたなぁ。

 

「実奈ちゃんの良さは、子ども目線で、話しやすくて、元気なところ。

だから、体を大切にして。こども達のために。」

お母さんが優しくそう言ってくれた。

なんだか私の方が元気にしてもらうために来たようだ。

 

スタッフが笑う。

「本当、普通に「理事長によろしくお伝え下さい」とか言われてますもんね。あ、この人が理事長ですよ、みたいなエピソードがたくさんありますよ。」

お母さんも笑う。

「そこが実奈ちゃんの良さだから。」

 

 

すっかり夕方になってしまった。

玄関を出てエレベーター前に立つ。

寒い日も暑い日も、このエレベーター前に立った。

月日は流れて行く。

まゆちゃんの同級生は大きくなり、

まゆちゃんが歩くことのできなかった未来を歩く。

 

お母さんを癒すことや、力の沸くような言葉かけができるわけではない私は、

お母さんの心を救うような力は持っていない。

でも、ただ同じ時間を過ごすために、

毎年、まゆちゃんのお誕生日に、まゆちゃんのお家を訪ねると思う。

そしてこうして、私もお母さんに元気をたくさんもらうんだろう。

 

ありがとう、まゆちゃん。

おやすみなさい。

お誕生日おめでとう。

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