A Story of
Smiles = Nicori

vol.3 「まゆちゃん」後編

まゆちゃんが亡くなってしばらく後のことだ。松丸は井上家を訪れ、こう言った。
「お母さん、まゆちゃんの一周忌のイベントををやりませんか?」
その言葉に続いて、まゆちゃんのことを絵本にしないかと提案され、直美さんはたいそう驚いたという。
松丸はそんな提案に至った経緯をこう語る。

「大切な人が亡くなった後、思い出をふりかえりながら日記を書いたりすることが心を整理するのにいいって言われてるんだけど、まゆちゃんちに行った時に、直美さんが『やりたいけど、今はまだ向き合えない』と言ってたのが気になっていて」

にこりではこれまで「やらなければいけないこと」を「やりたいこと」に変換するような試みを行ってきた。たとえば「夜間災害時の移動訓練」と言われたら難しく感じてしまうが、これを「夜の動物園に行こう」というイベントにしてしまえば、親御さんたちも楽しんで参加することができる。松丸は、グリーフケア(=死別などによる悲しみをケアすること)についてもそれができるのではと考えたのだ。

「グリーフケアのため、と思ったら気がひけることも、『まゆちゃんの絵本をつくろう』ということにしたら、お母さんやれるんじゃないかなって。そんなことを考えてた時に、絵本作家のうえむらさんと知り合う機会があったので、彼女と直美さんをつないで、まゆちゃんの絵本をつくって、一周忌のイベントを『いのちのお話し会』として、朗読してもらうことにしたんよね」

まゆちゃん

直美さんが松丸の提案に驚いたのは、それが突拍子もないアイディアだったから、だけではなかった。まゆちゃんがかつて「絵本の中に出てくるような人になりたい」と言っていたことを、松丸の言葉で思い出したからだった。
「それを伝えたら、松丸さんもびっくりされて。『まゆちゃん、すごい!』って」

意欲的に絵本制作のための文章を書き始めた直美さんだったが、やはりとても苦しい作業だったという。
「一人でパソコン打ちながら、大泣きしながら。でも、そうやって文章にしていくうちにほんとに自分の思いの丈が形になったな、っていうものができたと思います」
こうして、直美さんが文章を書き、うえむらさんがイラストと構成を行った絵本「かぜにのって」が完成した。8年という短い人生を豊かに生きた、まゆちゃんの物語だ。

「年月とともに記憶はやっぱり薄れていくと思うんです。忘れはしないですけど、少しずつ。だからまだ一年という記憶が新しいうちに、絵本として形に残せたこと、そこに導いてもらったことは感謝しきれません。絵本だけじゃなく、すてきな思い出を残させてくれたのはね。あの時にこりさんに電話をかけて、ほんとによかったーって思います」

今でもまだ、悲しみは不意に襲ってくる。そんな時、直美さんを支えてくれるものは何だろう。

「今わたし、仕事が楽しいんですよ。病院のリハビリ室で事務的なことをやってるんですけど。ずっと娘のリハビリを見てきて、大切さもわかってるし、娘が楽しんでやってたのも知ってる。娘が応援してくれてるような感じがするんですよね。患者さんたちに『おつかれさまでした』とか『また明日お待ちしてます』とか笑顔で声がけをして、闘病されてる方たちのお手伝いが陰ながらできるっていうのが… これ、わたしの天職なんじゃないかなって思います」

松丸は言う。
「医療チームや福祉チームがどれだけ深く関わっても、その子が亡くなってしまったら、それまでの関係を続けていくのは難しい。だけど家族の人生はその後もずーっと続いていく。たぶん子どもがいちばん心配してるのは、遺された家族のことだと思うんよね。にこりがその子が亡くなった後も、引き続きご家族と連絡を取ったり何かしら関わらせてもらいたいと思ってるのは、それが子どもたちの願いなんじゃないか、っていうのが理由で」
にこりの子どもたちは、亡くなった後もずっとにこりっこ。だから、ご家族ともできるかぎり関わりつづけたいと考えている。

まゆちゃん

直美さんは告知を受けた時のことを思い出しながらこう話してくれた。
「最初はどうしていいかわからなかったし、先のことを考えてみても、娘がじわじわと動けなくなっていくなんて想像できなくて。『なんだこの地獄』って思ったんですよ。でもね、実際なってみたら、娘がほんとかわいくて。娘が生まれてからもずっと働いてきたから、こんなに一緒にいられたことなんてもうあんまりなかったし。お世話ができるのも、赤ちゃんにもどってってるような感じで逆に愛おしいというか。もちろん、体も大きいし重いし、何するにも体張ってて大変なんですけどね。でも、地獄じゃなかったんですよ、それが。神様は見守ってくれてたのかもしれません」

姿は見えないけれど、わたしたちは今でもまゆちゃんの存在を感じることがある。

たとえばまゆちゃんがつないでくれた縁が、その後、にこりの子どもたちにつながっていることに気づいた時だ。
まゆちゃんが旅行に行くことを支援してくれた<ジャパンハート(「SmileSmilePROJECT」というがんと闘う子どもと家族を応援する活動を行っている)>のおかげで、他のにこりっこたちが何人もディズニーランドやUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)に行くことができた。まゆちゃんに役立つかもしれないと検討を始めた「OriHime(オリヒメ)」という遠隔ロボットのおかげで、小学校に行けることになった子もいる。わたしたちが、目の前にいる「まゆちゃん」という女の子を笑顔にしたくてやってきたことが、ほかの子どもたちを笑顔にしているのだ。

まゆちゃん

まゆちゃんが「にこり、頼んだよ。にこり、がんばれ。」と言ってくれているような気がする。
そのことが、にこりの大きな支えになっている。

にこり、がんばるからね。もっとたくさんの子どもたちの願いを叶えられるように。
まゆちゃん、ありがとう。これからもずっと一緒だよ。